道東にシマアオジがいた頃

2022.06.03

90年代初頭。私が北海道に移り住むことを決めた時、一番憧れていた鳥はシマアオジだった。本州在住の鳥好きから見れば、シマアオジこそ北海道ならではの鳥であり、初夏の頃に北海道の原野を彩る”草原のスター”だったのだ。
そんな思いを抱きながら、実際に北海道へ来てみると、シマアオジは6月の草原で簡単に見つかった。ハマナスなど草木の上にとまってさえずるので、撮影も簡単だった。何せ数が多い。もともと普通種だとは知っていたが、生息地へ行けば最優占種と言ってもいいほど数多く見かける場所もあった。
子供の頃から憧れて続けていた鳥に拍子抜けするほど簡単に出会えてしまう。これが北海道のポテンシャルなのか。「やはり、北海道はスゴイ!」私の、北海道の第一印象はシマアオジと共にあった。例えば道東なら野付半島や春国岱、根室の落石岬、霧多布湿原など。道東とは言いがたいかもしれないが紋別の原生花園でもたくさん撮った。もちろん、道央でも道南でも、海岸に近い草原で草丈が低く、やや湿潤な場所ならどこにでもいるという印象だった。
シマアオジは、そういう場所で優しく涼やかにさえずる。「ヒヨヒヨ、ヒーリー」と聞こえる声は、黄色と栗色の姿の美しさにも増して私の心を捉えた。
本州が梅雨に入り蒸し暑さで閉口する6月。北海道は対照的にさわやかな季節を迎えるが、シマアオジの声はこの時季の北海道にじつに似つかわしいものなのだ。その優しい響きが、そよ風に乗って草原の彼方から聞こえてくる場所にたたずめば、「これこそ北海道」だと実感する。それは本州では絶対に味わえない贅沢なひとときであり、自然の中に身を置く喜びを私に教えてくれた。
ところで、鳥のさえずりは、繁殖のために必要なエリア、いわゆる縄張りを宣言するためのものである。机上でこのことを理解するのは難しくない。しかし、実際に北海道の原野に身を置いてシマアオジのさえずりを聞くと、この学問の常識が胸の中でぐらついてくる。その声を「ここは俺の縄張りだぞ、入ってきたら承知しないぞっ」という怒鳴り声だと思って聞くことが何かとても恥ずかしい気がしてくるのである。
……これは、北海道大学苫小牧演習林(現研究林)の林長を務めた石城謙吉氏がその著書の中で述べておられることだが、まさにその通りで、この言葉がシマアオジのさえずりのすべてを物語っていると思う。北海道の原野を渡る初夏のそよ風の心地よさ。そこにはシマアオジのさえずりが不可欠のものだと思えてならない。
シマアオジはしかし、それから10年もしない間に道東各地から姿を消し、2000年代に入るとその激減ぶりは北海道全体に及んだ。今は、道北のサロベツ湿原が国内でただひとつ残された繁殖地だが、そこに渡来するシマアオジの数はごくわずか。まさに風前の灯火であり、今や国内で最も絶滅に近い鳥という位置づけになってしまった。ごく普通にいた鳥がわずか30年の間にここまで急減した事例は、明治期のタンチョウや昭和期のトキなどよりもはるかに深刻なものなのである。

 

 

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