鶴居村のクロヅル

2020.11.09

クロヅルが1羽、町内の畑に飛来しているという連絡を受けたのは3年前の11月のことだった。教えてくれたのは中標津町在住のKさん。野鳥観察の大ベテランだ。私はその時、翌月には道東への取材旅行を計画しており、その時までクロヅルが居続けてくれることを祈り、出会いの日を指折り数えて待つことになった。

クロヅルは国内では鹿児島県に冬季ごく少数が渡来する程度の珍しい鳥で、北海道では数例の記録があるだけの迷鳥である。羽色は全体的に灰色系でナベヅルに似た印象の姿をしている。私は珍鳥マニアではないが、なかなかお目にかかれないクロヅルを北海道で撮影できる千載一遇のチャンスに、さすがに心を躍らせたものだ。
12月に入り、道東取材の初日にまず中標津のポイントへ向かった。聞いた話ではクロヅルはタンチョウの一群と行動を共にし、作物の刈り跡になっている特定の畑に毎日現れるという。ところが、折悪しく私が道東へ向かった数日前にまとまった雪が降り、その日を境にタンチョウともども姿を現さなくなってしまったという。地面に落ちた食物が積雪で見つけられなくなり、移動してしまったに違いない。残念ながらクロヅルとの初めての逢瀬はこうしてあっけなく頓挫したのだった。
年が明けて1月中旬、こんどは弟子屈(てしかが)町の友人からクロヅル目撃情報が届いた。タンチョウとともに行動していることなど、中標津にいたあの鳥と同一個体だと想像できる状況である。その時も私は道東にいたため、すぐに弟子屈町内を探しまわったのだが、徒労に終わり、残念な思いを重ねることになってしまった。何せ相手は1羽だけ。そう簡単に出会えるはずもないと、自分に言い聞かせるしかなかった。
ただ、弟子屈では一ヶ所に留まることはなかったようで、どうやら、道東をあちこち移動しながらよりよい餌条件の場所を探し続けているように思えた。道東一円で越冬していることはほぼ間違いなく、ならばいずれ鶴居や阿寒のタンチョウ給餌場に現れる可能性が高いのではないかと思えた。
そして、1月下旬。思った通り、鶴居村の大規模給餌場にクロヅルは現れた。そこに連日出現し、どうやら居付いた状態になっているようだ。もうその頃にはたくさんの人の目にとまり、SNSなどで情報が飛び交っていた。これなら安心。鶴居村へ行きさえすれば撮影できる可能性は高いと確信した。
その成果がご覧の写真である。2月上旬、クロヅル目的の道東取材を三たび重ね、ついに実現した時の1シーンだ。これこそ三度目の正直というものだろう。
珍鳥と呼ばれる1羽の個体に、これほど時間をかけて出会える機会はそうそうあるものではない。野鳥撮影歴30年の私にとって、クロヅルとの初めての出会いは、こうして思い出に残るものになった。

 

 

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