夏羽のトウネン

2022.04.01

シギ・チドリ類ほど好事家と一般の人との意識の違いがはっきりしている鳥も珍しいかもしれない。
鳥の写真の仕事をしていると自己紹介すれば、多くの人は「いつも森や山に行くのですか」と反応し、あるいは「山では熊にも遭遇したりするのでしょう」と聞かれたりすることがほとんどだ。「干潟や湿地に行くのでしょう」とはまず聞かれない。要するに野鳥と言って多くの人が最初に思い浮かべるのは森の鳥であり、水鳥ではないのだ。ましてやシギ・チドリ類をイメージして問いかけてくる人はほとんどいないのが現実だ。
さらに、ちょっと鳥を知っている人でもシギ・チドリ類は苦手ということが多い。似たような種類がたくさんいて見分けがつかないし、第一、地味でしょうと言われてしまう。そういう人にシギ・チの魅力を伝えるのは難しいが、地味ではない姿を知ってもらうことが効果的かもしれないと思う。
となれば、夏羽だ。4月から5月の春の渡りの時期に見られる夏羽のシギ・チドリ類は決して地味ではなく、赤っぽい色や黒っぽい色など意外なほど色彩に満ちている。秋に見る地味な冬羽や幼鳥とは同じ種とは思えないほど美しくなる種もいる。種ごとに色が違うから夏羽の個体なら識別もそれほど難しくない。
夏羽のシギチで、あまり話題にならないが、じつは印象的なのがトウネンだ。全長15cmというからスズメとほぼ同じくらいの大きさしかない小形のシギであり、数は、北海道で見られるシギ・チの中で一番多い。つまりありふれた鳥でもあり、どうしても大型種に人気が偏りがちなシギ・チの世界では人気者とは言えない鳥である。
そんなトウネンでも成鳥夏羽は美しく着飾った姿で私たちの前に現れる。秋の地味な姿を見慣れている目にはこれがあのトウネンかと疑いたくなるほどの姿である。
私が初めて夏羽のトウネンを見たのは道東の太平洋側のとある荒れ地だった。海からすぐの内陸で湿地状になっている場所だ。双眼鏡の視界に地面をうろちょろしているオレンジ色の鳥が見え、何かなと思ってよくよく観察し、秋とは全く違う姿のトウネンに気付いて驚いた記憶がある。こういう経験をすると、誰もがきっとシギ・チって面白いと思ってくれるのではないだろうか。
夏羽のトウネンが見られるのは、4月から5月。場所は海岸や河口の砂浜または湿地である。是非体験してみてほしい。

 

 

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